心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくって自分を集めた事典
マズローの奴隷3-02

マズローの奴隷3-02

マズローの奴隷
第3部 猶予期間 その2

——入社3年目の春

焦りは続いていた。皇国の復活を夢見て選んだ仕事。自分の意志で選んだ仕事。子どもじゃないんだ。駄々をこねてられる歳じゃない。しかし、本当に国のためになることをしてるんだろうか。
それに、万に一つ本土決戦になったとして、竹槍を持って先頭を走ることが自分にはできるのだろうか。
もちろん、努力が足りないことは自覚している。自分がもっと努力すれば、国のために貢献できるはずだという思いもある。でも——

多分、向いてないんだよな……。

体育会系の、現場の仕事。今まで、机の上の勉強という、目の前の1つのことに集中しさえすればよかった世界とは、何もかも違う。勉強さえできれば、同い年の中で1番を取れば注目されていた頃とも違う。集団作業は苦痛でしかなかった。何をしていいかわからなくなる。
それに、自分の担当だけやっていればいいんじゃない。臨時の作業に呼ばれることだってある。自分の担当ですらままならないのに。入社3年目の春にして、私の心は、焦燥と、不安と、混乱で溢れていた。
こんなことを言った人がいた。「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」私は父親を知らないけれど、1つ言えることがある。「無鉄砲ゆえに損をしてきた」現に今がそうだ。私は上司の元へ出向き、開口一発「退職したいのですが」と申し出た。
こんなことを言った人もいた。「こういうとき、どんな顔すればいいのかわからないの」私もどうすればよいかわからなかった。だから上司に相談したのだが、これが全ての元凶だった。入社3年目の夏の出来事だった。

「はあ。辞めてどうする」
地元で仕事を探します。
「探しますって、見付かるどころかまだ探してさえいないと」
はい、ですが、貯金もありますし、実家で暮らせば生活費を入れても1年以上は……。
「君。こういうことは、よく考えてからの方がいいよ。一度考え直しなさい」

彼のことはどうも虫が好かない。第一に、話しかけにくい雰囲気を纏っている。意図せずしてならば、彼自身がその雰囲気の被害者だろうけれど、意図的に話しかけにくい雰囲気を作っているようにも見える。第二に癇癪持ちである。気に食わないとすぐに大きな声を出す。私は彼の機嫌を確かめながら話さねばならない。

つづく

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