前書き〜令和の時代から、未来の私が〜

今となっては、普段の生活で自分が好きとか嫌いとか意識することはほとんどない。この文章を書いた頃とは違って。
けれど好きかって尋ねられたら、好きだって答えると思う。自分の料理が好きだし、自分の文章が好きだし。それって条件付きの愛かな。
例えそうでも、自分を大事にはできていると思う。大事にできるようになったと思う。精進ですな。この先も。

令和元年5月11日
朝。明らむ空。小鳥のさえずり。雨の音。
雨の中でも、彼らは朝の訪れを運んでくれる。
何時に寝ても、目って覚めちゃう。

だから、睡眠時間を稼ぐには早寝しかない。
今日は早寝するぞ〜。

 
日中眠たい。そのことを解決しようとした。眠れていないのだと考えた。
でもわかった。内なる声が、必死に、私を振り向かせようとしているのだと。
座る。目を閉じる。まどろむ。横になったりもする。
でも眠りには落ちない。私の内側で、私たちがお喋りを始める。
あらゆる言葉が、映像が、感情が、浮かんでは消える。

それは脳細胞が新たな繋がりを模索しているのかもしれない。
断片的な「データ」を、価値ある「情報」にしてくれているのかもしれない。
けれど私は「自分との対話」と捉えている。

その結果、衝動や閃きが生まれることも多い。
「掃除機かけなきゃ」から、「あの分析こうしよう」まで。

先週、一人で泣いた。いい歳して、しゃくりあげて泣いた。
先月、自己肯定感の本を読んで、過去の自分に「大変だったね」と言えた。
そしたら楽になった。
でも先週の出来事は、「自己との邂逅」とでも言うべき出来事だった。

過去の自分に「大変だったね」と言うこと。それはきっと、自分の内側の、傷ついた自分に、手を差し伸べること。きっと、大人の自分・理性的な自分・顕在意識的な自分が、自分の中の子どもの自分に優しくあれたから。だから楽になれたのだと思う。誰かに優しくあろうとするとき、自分自身も優しさを受け取っているのだから。

でも手を差し伸べただけで、まだその手を掴んでくれてはいなかったのだと思う。傷ついた私は、子どもの私は、それでもずっと一人ぼっちだったのだ。
「子どもの私」だけじゃないな。「去年の私」、「一昨年の私」、「過去のあらゆる時点の私」との邂逅を経験したのだ。

私は感じていた。かつて困ったときの気持ちを。辛い感情をリフレインさせていた。「誰も助けてくれなかった」って。
私は見ていた。かつて接してきた人たちを。その日に浮かんできた顔には共通点があった。私に手を差し伸べてくれた人たちだった。
拒んできたのは私だったのだ。そう気付いたときに、涙が溢れ出した。
「ごめんね、ごめんね」自分に対して何度も謝った。「寂しかったよね」内なる声に耳を傾けることが、少しずつできてきたように感じる。

最近、本を読む。小説に、自己啓発に、心理学に、実用書に。中には非科学的に思えるものもある。
でも私は、その非科学を信じてみたい。科学が非科学を否定するなんて短絡的だと思う。科学が非科学に追いついていないだけなんだ。

「ホ・オポノポノ」で言うと、これが「クリーニング」なのかな。
「自己肯定感」で言うと、「ありのままを受け入れる」の先にあったものだし、「愛と幻想のファシズム」から引っ張ってみるなら、「酢豚の皮」がこれじゃないだろうか。

きっとまだまだ道半ば。人間的な成長も、自分との邂逅も。人生そのものの段階も。
それでも、ニヒリズムとペシミズムに飲み込まれずに生きていけるような、そんな気が最近してきた。

平成29年4月26日
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